「渇き」を感じ続けて欲しいなぁ2012年05月15日 12:17

 乾燥の「乾き」ではなく、渇望の「渇き」ってことなんですけどね。
 僕の仕事はリハビリの中の「言語聴覚療法」なんですが、仕事関係の若い人達、それも駆け出しをやっと脱したくらいの、まだ中堅とは言えないだろうなぁというくらいの人達と話していて、「もっとレベルアップしたい」という気のなさに、戸惑うことが時折あります。
 職場に先輩もいなくて、指導も大して受けられずに必死で患者さんから学ばせてもらった我々の世代と違って、今の人達は先輩から日常的に手取り足取りやってもらったりして、効率よくスキルを身に付けられるのだろうなぁ、とは思います。でもそれにしても、何かこう、「もっとできるようになりたい」ということに対して淡白すぎる気がします。
 向上心が足りない、と言ってしまえば終わっちゃうのかもしれないけれど、「何となく臨床はできているように思うけど、もっと質の高いことができるんじゃないか」ということへの「渇き」が、もっと欲しい。患者さんに学ばせてもらったということは、患者さんに迷惑をかけたことでスキルアップをさせてもらったとも言えるわけで、前の患者さんに申し訳ないことをした埋め合わせを次の患者さんに尽くすことで何とか果たしている、という連鎖になるわけです。そう思えば、患者さんにセラピーをやらせて頂く以上、とにかく以前と同じものの提供なんてありえない、やる度に前より良いものを提供できて当たり前だ、という思いでこの仕事をやっています。だから当然「どうやったらもっと...」というのがいつも出てくるわけで。
 結局、誰か先輩とかに教えてもらうだけで、患者さんから学ばないから、そういう「渇き」もないのかなぁ。それだと生涯を通じたスキルアップなんてできなくなっちゃうのに... と心配になる今日この頃だったりします。

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